江戸期の将棋盤
正確な時代鑑定はありませんが、江戸期に作られた将棋盤で間違いありません。
盤と共に残された装箱からも相当に古い作品だと思われ、江戸前期の元禄時代に流行した、「元禄四方木口盤」だと思います。
本将棋盤は縦36cm横34.8cm厚さ12cm足高9.4cm(縦一尺二寸、横一尺一寸五分、厚さ三.九寸、足高三寸)
材質は吉野榧と思われ、非常に目の細かい木目の千年榧材が用いられ、将棋盤としては非常に珍しい四方木口盤で、天地面は笹目杢。
榧の木は常緑針葉樹ですが、暖帯林に成育し日本国内では群馬県、福島県が北限で温かい地方で育つイチイ科の樹木で、将棋盤や碁盤の最高級品として珍重されますが、現在では本土の榧材はほとんど生産されず、国産では九州産がほとんどであり、木目が荒くアテのある材がほとんどです。
木目が細かくアテの無い榧材の将棋盤は現在ではまず見る事ができませんが、江戸元禄期にはまだ榧の巨木が残されていたのでしょう。
いずれにせよ、これだけの材料を現在では求める事ができず、更に贅沢な四方木口の気取りは、現在では製作する事すら不可能です。
木口の画像では木目の様子が細か過ぎて解り難いと思いますので、金尺の画像を参考にして下さい、木目の細かな部分では0.2mm間隔に木目が走ります。
本将棋盤の正確な時代検証が必要だとは思いますが、装箱に張られた紙の印影と脚の裏に書かれた文字だけが手がかりで、正確に読めませんが、「名代カン兵」と「ごばんや」とも読める文字にも思われます。
江戸期の将棋盤の特徴である脚の形や高さ、血溜り、盤の厚さなど正規のサイズであり、目盛りも既に技術が失われて久しい筆盛による仕事で、線の太さは2.5mmで、現在の太刀盛では作る事が出来ず、江戸期の盤でしか見る事が出来ません。
本作品は江戸期の碁盤や将棋盤の専門職人により、当時の作法に則った最高級の作品である事は間違いないと思いますが、婚礼調度品などではなく、趣味人による注文で、実践に用いられた作品であろうと思われます。
四方木口とは、四方の側面が木口となる木取りによる盤の事で、天地に柾目が走る木取りと横に走る木取りがあり、本作は横に走ります。
天地に走る木取りの場合、四方の木口の柾目が甘く荒くなりますが、横目の場合には柾目は荒くなりません。
古より、四方に口がある事が、万一の時の逃げ口が四方にある事から魔除けの盤として、あるいは四方の口は食べるに困らないなどと言われ、縁起の良い物として珍重されましたが、この木取りをする場合には通常の材よりも1.4倍の大きさが必要となり贅沢な木取で、元禄時代以降は作られなくなります。
おそらく300年経たと思われますが、各面の反りは1mm以内であり、伐採から乾燥に相当な年数を要したと思われ、当時の碁盤師の技量の高さには驚かされますが、木口面には浅いヒビが見られます。
また、盤上面に対して45度方向に変形(菱型方向)が見られますが5mm以内に収まり、見た目では分からないと思いますが、菱型方向への変形は四方木口の木取り独特なものではないかと思われます。
300年もの期間を経て約1度の変形が見られるレベルは、少ないと思いますが、江戸期の職人達がいかに木の特徴を捉え、乾燥、整形に熟練の技術を発揮したのか偲ばれます。