香園作・淇洲書・彫り駒    
     
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一般販売された淇洲書駒

戦後まもなくの頃(昭和21年頃)、山形の強豪将棋指しである遠藤弥太郎四段に竹内淇洲は肉筆の字母紙と香園銘を贈り淇洲駒の製作販売を許した。
その後まもなく竹内淇洲は昭和22年3月24日、71歳で死去しましたので、自身の余命を悟った淇洲が同じ郷里の遠藤弥太郎四段に「錦旗の駒」への夢を託したのかも知れません。

淇洲に託された弥太郎は「駒乃家」という屋号で駒の製造製販を行い、「香園」は遠藤弥太郎の営む「駒乃家」の駒製作のブランド名として用いられ、駒師名ではありません。
金井静山の手ではないかと思われる「香園」銘の水無瀬書の盛上げ駒なども存在するそうです。
おそらく遠藤弥太郎は駒販売の営業だけ携わって駒の製作は、おそらく地元山形の駒師に依頼して駒を製造し、日本将棋連盟指定工場として日本全国に卸売していたようです。

「香園」の「淇洲書」は一般に販売された最初の淇洲書駒であり竹内淇洲が直接に関与して作成された駒で、最後の淇洲駒と言えます。
「香園」の淇洲書は彫り駒しか作りませんが、逆に彫り駒の淇洲書は「香園」しかありません。
実践に耐えて使える真性の「錦旗の彫駒」として名人を目指す本物の棋士に是非とも使って欲しい駒で、意外に残存数が少なく入手し難い駒ですが、竹内淇洲や関根名人の「錦旗の駒」に対する思いを宿した駒です。
香園は地元山形の彫駒師による作品ですが、何故か「錦旗の駒」としての特別な雰囲気のある駒で、勝負に挑む棋士の駒です。
決して華美な作りではありませんが、この駒の持つ雰囲気は質素な中に戦う武士を感じる唯一の駒で、将棋を指す道具として「香園」を越える駒を私は知りません、将棋指しを目指し勝負に拘る人に是非とも使って欲しい駒です。
将棋の駒の中にワビサビがあるとしたら「香園」こそが、その名駒ではないかと私は感じます。(私個人の感性です)

オークションなどでたまに見かけますので是非とも求めて使用して見て下さい。使い込まれたこの駒は、どの様な名駒よりも、凛とした気持ちで勝負に集中できる事が請け合いで、10万円以上出しても惜しくない駒です。









           昭和25年将棋評論・駒の家の広告
           
    

箱書きの梶一郎八段は土居市太郎門下で、初代奥野一香の奥野藤五郎の長女と土居市太郎との間に生まれた次女と結婚している。
梶一郎八段の持ち駒という確証ではありませんが、門下の持ち駒だったのでしょう、駒に残された悔し涙の噛み後が歴戦の真剣勝負に挑んだ棋士の魂が刻まれており、これこそが「使われてこそ名駒」ではないでしょうか。